未来の価値 第58話 |
「ルルーシュが、消えた?」 聞き間違いだろうか? それとも性質の悪い冗談か。 言われた事が理解できずスザクは表情をこわばらせた。 目の前には、同じように表情を硬くしている皇族、クロヴィスがいた。 「今、ジェレミア達が捜索しているが、昨夜執務室を出てからの足取りが不明で、どの段階で姿を消したのかが解らないのだよ」 少し離れた場所でバトレーが怒鳴る声が聞こえてきた、その内容もルルーシュの捜索に関わるもので、ジワリ、ジワリとまるで足元から地獄のツタにからめ捕られていくように、現実を理解した。 「・・・っ、C.C.は!?彼女はどこに!?」 ルルーシュの騎士になったのだ、彼女が護るはずなのだ。 ジェレミアたちもいるし、自分がすこしのあいだ離れていても大丈夫だと思っていたが甘かった、いい方は悪いが、スザクはユーフェミアを籠絡している最中だった。好意を向けられている事はよく解っていたので、その好意を利用し、クロヴィスのようにユーフェミアの力でもルルーシュを護れる形を、スザクの望む状況を作ろうとしていたのにこれだ。 「C.C.も共に行方不明だ」 「C.C.も?」 彼女は、スザクを一瞬で昏倒させるほどの力を持っている。そんな彼女が傍にいて、ルルーシュが?それとも、別々に? 「・・・昨夜、執務室を出られたのは間違いないと・・・部屋に戻られたかは解らないのですか?」 「いや、部屋に戻った事は間違いないのだが・・・」 朝、またルルーシュは起きて来なかった。 クロヴィスがバトレーを向かわせ、ジェレミア達と共に室内へ足を踏み入れたのだが、そこには誰もいなかった。ベッドが使われた痕跡も無かったという。 だから、部屋へ戻り、就寝するまでの間に何かあったとみているのだ。 厳重な警備網を抜け、誰かがルルーシュとC.C.を。 ルルーシュが自身を護るために用意した鉄壁すら誰かが・・・。 そこまで考えて、スザクはハッとなった。 「クロヴィス殿下、ユーフェミア様にこの件をお話ししてもよろしいでしょうか?」 「どうするつもりかね?」 「ルルーシュを探しに行く許可を頂かなければ、自分はここから動けませんから」 今はユーフェミアの騎士なのだから、手順は踏まなければ。 「何か心当たりでもあるのかな?」 「もしかしたら、と思う事がありますので、調べてきます」 可能性があるなら、動くべきだろうとクロヴィスは頷いた。 「ユーフェミアは今何を?」 「家庭教師が来ておりますので」 ユーフェミアはまだ16歳。為政者としての知識が不足しているため、家庭教師数名をつけ、政務の合間に勉強をしている。その間は騎士であるスザクも自由に動けるため、こうしてクロヴィスの呼び出しにも単身で答える事が出来るのだ。 「ならば、私が話そう。バトレー」 「はっ」 電話を終えたバトレーとスザクを連れ、クロヴィスはユーフェミアの元へ向かった。 「うん、こんな事だとは思ったんだけどね」 スザクは深く息を吐いた。 ルルーシュの警備網は鉄壁と言っていいが、その鉄壁の守りには、ルルーシュ自ら開けた穴がある。だから、ルルーシュは、自由に出入りできるのだ。こうして、誰にも気付かれることなく。 C.C.と共に抜け出したルルーシュが向かう先は決まっている。 ナナリーだ。 ナナリーから離れ、スザクを失い・・・いいや、自分から切り離したのだが、心の支えになる者が不足したルルーシュは、C.C.に引きずられてここに来ていたのだ。 「まったく、男一人を背負うはめになると思わなかったが、まあ、これで許してやることにしたんだよ」 元々危険を避けるためナナリーとの接触を避け続けていたルルーシュを説得し、それでもやはり乗り気じゃなかったルルーシュは、途中で体力が付き、やはり戻ろうと寝言を言い始めた。だからC.C.は仕方ないとルルーシュを気絶させ背負って歩いたのだという。 スザクに背負ってもらったと嬉しそうに話していたルルーシュに、私にも背負われたな。と笑いながら言いたくて、成人間近の男一人背負って歩いたとは、この男には言えないが。 まさかまだこんな感情が残っていて、こんな些細な事に嫉妬心を抱く事に自分でも驚いているから余計に。 そんな彼女の目の前には好物であるピザが2箱。 中身はほぼ空だった。 ここはクラブハウスのダイニング。 頭を抱えたスザクは、もりもりと食べるC.C.を殴りたい衝動を抑えながら尋ねた。 「で、ルルーシュは」 何処? 部屋で寝ているんだろうか? ナナリーもいないし、そういう事だろう? 二人でお昼寝でもしてる?いいな、混ざりたい。 「誘拐されてしまってな」 「は!?」 「ナナリーが、誘拐された」 すまない、言い損ねた。と、わざとCCは言った。 「な!?は!?どういう事だよ!?説明しろ!!」 のんびりピザを食べている場合じゃないだろう!! 「犯人は解っているが、対処に手間取っているんだ」 「なに?どこの誰だよ!?」 「その犯人は、私を感知する事は出来ない。他の人間は感知出来ても、私だけは。だから、枢木スザク、お前が来るのを待っていた」 来るのが遅いんだよ。 C.C.はそういいながら最後のピザをパクリと食べた。 「僕を?」 「本来なら、私がすべて片付ける問題だったが、ルルーシュが暴走してしまったんだ。止める事もできずにここで足止めだ」 すまない、私のせいだ。 そんな悲痛さと、あいつがすべき事ではないのに、これは私が放置した罪なのだからという罪悪感が表情に表れているのだが。 「ピザを完食してから言われてもね」 魔女の好物ピザを2枚ぺろりと平らげた後に、急にそれっぽく言われても馬鹿にされているようにしか思えない。どうせ足止めというのもこのピザを指しているんだろう。 「残念だが、足止めの理由は違う。私が動けばナナリーを殺すと、犯人に言われたから動けなかっただけだ。お前の場所から見えると思うが、外にある木の左側の枝に小型カメラが仕掛けられている。あれで、私は監視されている。・・・壊して来い、気付かれないように」 視線だけを動かし、場所を確認すると、確かにそのあたりに不自然な光の反射が見えた。スザクは眉ひとつ動かすことなく、C.C.と自然な会話の流れの中で、ゴミとなったピザの箱を手に席を立った。 その数秒後、ガサリと音がしたので外を見ると、カメラの死角に立つスザクの姿が見えた。窓の外、正確には枝の上。その腕には黒い猫。 かみつかれ、引っ掻かれながらスザクは猫を枝に下ろすと、猫はカメラのあたりで毛を逆立てスザクに威嚇した。 その後、カメラを手に取り、素手で握りつぶすのが見えた。 どんな握力をしているのやら。 「猫の喧嘩にみせかけて破壊か?思ったよりも頭が回るようだが、猫は握りつぶさないぞ?」 まあ、あいつはそれでだまされるか。 耳で入る情報・・・いや、聞こえてしまう情報に頼り過ぎていた子だから。 なんにせよ、これでようやく動ける。 戻ってきたスザクを連れ、C.C.はクラブハウスを後にした。 命の息吹を思わせるような美しい緑色の髪と、透き通るような白い肌、黄金に輝く瞳は思わず息をのむほど美しい。嘗て僕の手にあった彼女は、いつの間にか別の男に囚われ、身動きのできない状態となっていた。そう、この悪魔のような男に捕まり、自由さえ奪われ僕の元に帰ってくる事が出来なくなっていたのだ。 大好きなC.C.、僕の女神。 彼女を捕えた男の罪は許せるものではない。 だから、その男が大事にしているという妹を餌に、もがき苦しみ、絶望の中死を迎えるという最後を用意してやった。今はそのゴールへ進むためのゲームの最中。余計な駒が何人も入り込んで来たけど、どれもこれもまさに凡人で、役になどたちはしない。注意すべきはあの悪魔のような男だけ。 最悪、このゲームに僕が負けてしまっても、まだ切り札はある。 こいつは、妹を護るために嘘を吐いた。 妹は死に、ここにいるのは偽物だという嘘を。 DNA鑑定もしていたが、それは人毛で作られたかつらから入手したDNAに過ぎない。だからいくら調べようとも、別人だと結論が出るようにあの悪魔は仕組んでいた。 それを公表するといえば、もう何も出来なくなるだろう。 大切な人を奪われた悲しみを教えてやるよ。 お前の目の前で、お前の大切な妹を。 その時どんな絶望をお前が感じるのか、楽しみだよ。 C.C.を奪われた僕の絶望は、ガラクタの妹を壊した程度じゃ足りない。お前の呪縛から解放され僕の元にC.C.が戻ってきたとき、お前は本当の絶望を知るんだ。 ああ、楽しみだ。 美しい僕のC.C.、食事をしている君もとても素敵だよ。 そう思っていたら、知らない男がC.C.のいる部屋に入って来た。 「C.C.に手を出すつもりじゃないだろうね!?」 どこかで見た気もするが、男の顔などいちいち覚えていない。 C.C.に近寄る男たちは、彼女に気づかれないよう始末してきたから、余計覚える気にもなれないのだ。もしここで彼女に指一本でも触れる事があれば、抹殺リストに加えてやる。そう思っていたら、男はC.C.といくらか言葉をかわした後、彼女が食べ終わったピザの箱を片付け始めた。小間使いか何かだったのかもしれない。 もしそうだとしても、彼女に気があるそぶりがあれば・・・。 それから数分後のことだ。 「ああっ!猫の癖に僕のカメラを!C.C.が見えなくなったじゃないか!」 美しいC.C.を眺めながら、あの泥棒猫をいたぶっていたというのに、突然視界に喧嘩をしている猫が飛び込んできたと思ったらこれだ。猫の癖に、猫の分際で、僕からC.C.を奪った。後であの猫を探し出してやる。絶対に、許さない。 怒りに顔をゆがませ、既にブラックアウトしている画面を睨みつけていると携帯が鳴った。ああ、そうだった。まだこっちの泥棒猫の始末がすんでいなかったんだ。 その事を思い出した男は、ぐにゃりと口元を歪めた。 その瞳も、口元も間違いなく笑っているのだが、狂気に満ちたその表情は醜悪だった。 「待っててC.C.、もうすぐ自由にしてあげるからね。この泥棒猫を、地獄にたたき落としたら、すぐに迎えに行くから」 歪んだ笑みを浮かべた男の両目は真紅に輝き、その瞳の中にはギアスの文様が浮かんでいた。 |